歴史

たにぐちの歴史









京都お菓子の部屋を運営する母体、株式会社たにぐちは明治41年(1908年)創業。

お菓子の製造業、卸売業、小売業を営む、お菓子のスペシャリストです。

現代に至るまで、百余年のたにぐちの歴史をご紹介します。




明治34年、創業者である谷口定次郎は、13歳の時に富山から京都の老舗和菓子舗に丁稚奉公修行に出ました。

そこで約7年間お菓子の修行を積みました。先代から、ものを大切にし続けてきた甲斐あって、当時のレシピ帳や日記帳が今でも現存しております。

定次郎は、和菓子の製法や絵を大切に墨で記していました。

雑記帳をのぞくと、少年らしい落書きもあったり、その手帳を見ると、当時へタイムスリップしたような気分になります。

明治41年(1908年)に定次郎は、一条智恵光院で、「谷口定次郎商店」を創業。京菓子製造と卸売業を始めました。

昭和6年、美十菓子喫茶店を四条河原町にオープンさせました。定次郎は、「美十」というお店の名前を公募で募集し、
3280余通の応募の中から審査員によって選ばれました。
喫茶店の包装紙のデザイン図画やメニューが残っていて、とてもオシャレなお店だったように思います。

また、「京都甘党会」という京菓子の頒布会を始め、月4回製菓工場より直接販売しました。
会員募集の案内文には、「どんなお菓子をどれほど配達致しますか、先ずお試しを願います。必ずや皆様の驚異的ご満足を得ることを確信致します。
試みに是非ご入会の程を!!」といった文面が残っております。
定次郎の熱意か肌で伝わってきます。

定次郎は、新しいことへ積極的にチャレンジする、ユニークなアイデアマンだったようです。

その後は、今も当時の看板が残っていますが、グリコ・明治製菓・森永製菓など有名菓子メーカーと契約し、特約一号店をいただいたりしたのでした。


戦時中には、京都府より命じられ貴重な物資である砂糖の配給所としての役目を果たしました。

また、京都府の管理指導の下、配給物資の委託業務を務めました。

戦後、2代目嘉一郎が復員後は、京都府菓子卸商業協同組合の組合活動に尽力し、2代目理事長も務めさせていただきました。

昭和29年には、京都で第13回菓子大博覧会が盛大に開催されました。大会では、常任理事・経理局長を任され、褒賞状もいただきました。





昭和34年には京都府菓子卸商業協同組合が休止し、理事長であった嘉一郎が累積した多額の負債を個人で全て請け負い、誰にも迷惑をかけずに整理しました。

翌年には、創業50周年の記念特売招待旅行を実施しました。
得意先等への案内文には、「父の遺した菓子卸業を引き継ぎ、熱意と誠意、深い愛情による取引を今後共続けて行きたく念じております。

京都で最も古い店で、最も新しいセンスを持った営業をモットーとして尚努力を重ねて参ります」とあります。
嘉一郎は、とても繊細で真っ直ぐな人だったようです。

昭和49年、現代表取締役 谷口容造が3代目社長に就任しました。

小売業に乗り出し、実店舗「お菓子の部屋」をオープンしました。地元のお客様に混じって、京都で撮影のある折に芸能人のお客様もご来店されます。

創業百年を機に、本社社屋を大正15年に建築した京町家(表屋造り)を再現しました。

また、第25回全国菓子大博覧会で、自社工場で手づくりで製造している「京の松露 岩ごろも」を出品し、橘花榮光章を受賞致しました。


品質マネジメントの国際規格ISO9001を認証取得し、クリーン室を完備致しました。京都府より「京の老舗」の知事表彰を受けました。

平成22年には、百年のあゆみから生まれた当社独自の知恵が、京都府の「知恵の経営」ビジネスモデルに認証いただきました。

平成23年、環境マネジメントシステムKESを取得し、これまでの取り組みをさらにステップアップさせるため「京都CSR」へ入会致しました。



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